サッカー熱、再燃?

年が明けてしばらくした頃から、小学一年の息子がサッカークラブに入って練習に参加することになりました。保育園の時にも一度、体験会みたいなのに行かせてもらっていて、本人は早くからやる気満々だったのですが、入学してしばらくは学校生活に慣れるだけで精一杯という感じで、他の習い事などをするような余裕がないような状態だったので、正直まだもう少し後でもいいかと思っていました。

ところが、12月の誕生日に新しいサッカーボールをプレゼントしてしまい(笑)、二学期も終わってちょっと気持ちに余裕も出てきたようで、「いつになったらサッカーの練習に連れて行ってくれるん?」と催促するようになり、とうとう入団することになりました。地元中辺路にはサッカーのチームはないので、隣の上富田町のチームです。

自分自身が昔やっていたスポーツや習い事なんかを、自分の子供がやり始めるのをみると、親であれば誰でもなんとなく嬉しく思うものではないでしょうか。僕も普通の親並みに、自分のやっていたサッカーを息子もやることになるだろうかと心のどこかで期待したりしてましたが、同時に他のスポーツの方がいいかなと考えていたのも事実です。

世の中には、自分の叶わなかった夢を自分の子供に託してしまうような親が少なからずいるようで、特に野球やサッカーなどのスポーツには多いように感じます。まぁ気持ちはわからないでもないですが、あまりそんな風には自分はなるまいと今のところ冷静を装っています。(笑)他のスポーツなら、あまり私情を挟まずにもっと落ち着いて見れるんでしょうけどね。

先日、低学年を対象にしたサッカーの大会があって、まだ3回ほどしか練習に行ってない息子も、一丁前にユニフォームをもらって参加させてもらいました。まだサッカーの何たるかさえわかっていない一年生たちですから、まともに試合になるはずもなく、塊になって玉を蹴り合って遊んでいるという状況で、寒空の中、ずっと見てるのもはっきり言ってツライものがありましたが、同時にやっていた二年生の試合は、なかにはちょっとビックリするような上手な子がいたりして、しかも一年生とは違い、だいぶサッカーっぽい内容になってる試合もあり、この時期の1年の差をつくづく痛感した次第です。

しばらく低学年の試合を見ていたものの、大して面白くもなくなってきたので、ふと隣のグランドを見てみると、高校生くらいの年代のチームが、試合前のアップをしているのが見えました。気になって近づいてみると、なんだか見覚えのあるユニフォームのように見えます。胸には「ヤンマー」のロゴマークが。そう、Jリーグセレッソ大阪のユニフォームだったのです。


面白そうだと思ってその試合を観ることにしたのですが、始まってみるとやはりレベルの差は歴然としていました。相手がどんなチームなのかはわかりませんでしたが、セレッソのユースチームの方は全く次元の違うサッカーをしていて、ほとんどボールを取られることなく、面白いようにパスを回し、次から次へとゴールを決めていきます。さすがはセレッソのユース、プロの予備軍だけのことはあります。

足元でボールを扱う正確な技術は言うに及ばず、相手チームとの決定的な違いは、「視野の広さ」と「判断の早さ」だと思いました。今の子供たちは、小さい頃からサッカーボールに慣れ親しんでいる子たちが多く、足元の技術は昔と比べると本当にみんな上手になっていて、自分の頃とはエライ違いですが、いくらボールタッチの技術が上手くても、それが試合に活かされないとあまり意味はありません。

自分と味方と相手との位置や状況をしっかり把握し、ボールが来たらどういうプレーをすればいいのか一瞬で判断し、行動する。すぐさま次のプレーを判断しながら動き、ミスをしてもすぐにそれをカバーするために最善のプレーを選択して行動に移す。頭でわかっていても、なかなか簡単にできることではありません。この年代でこれ程のプレーができることに、正直驚きました。

サッカーの試合は、こういう一瞬一瞬の判断の積み重ねで出来ていて、その中でも相手の予想もできないようなプレーや対応できないようなスピードを持ったチームが結果的に強いチームということになるのですが、書いていて思ったのですが、こういうことってサッカーの試合に限ったことではなく、結構どんなことにも当てはまるんじゃないかなと。

状況をしっかり見て、適切な判断をなるべく早くして、すぐさま行動に移す。

もちろん簡単なことではないし、できないからといってその人はもうダメだと否定するものではありませんが、こういう力を身につけておけば、どんな仕事につこうと、どんな状況になろうと結構どこでも何でもやっていけるんじゃないかなと、なんとなくそんなことを考えました。レベルの高い仕事をしている人というのは、みんなこういうことがしっかりできている、ということかなと。

そうそう、もう一つ驚くことがありました。この記事を書くのに、セレッソ大阪のことを少し調べてみたのですが、現在本拠地の大阪の他、セレッソ大阪和歌山というチームが和歌山市内で活動しており、和歌山県内各地の有望な若い選手を育成しているそうで、セレッソ大阪和歌山のウェブサイトがあったので覗いて見たところ、そこには先日行われた上富田での試合結果もすでに掲載されていました。14-0というスコアにも驚きましたが、なんとそこにはセレッソ大阪和歌山U-15というチーム名が…。U-15?

もしかして、中学生だったのか‼︎

なんとも恐れ入りました。てっきり高校生くらいだと思ってたのに。

日本のサッカー界の未来は大変明るいのではないかと、大きな希望が持てる出来事でした。いや、やっぱり世界はもっと広いかもしれないが……。
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# by sumiyakiYAMATO | 2015-02-18 12:31

ブタは本当にきれい好きか?

我が家では、ブタを二頭飼っています。メスのポピーちゃんとオスのハク君。どちらも一昨年の10月くらいに産まれたらしいので、1歳4ヶ月くらいです。


そもそもなぜウチでブタを飼うことになったのか。あまり詳しい話はできないのですが、ある養豚場で殺処分の予定だった未熟児で産まれた子ブタ達を引き取った方がいて、誰か飼ってくれる人を探しているという話が友達を通じて回ってきたので、他に行くところがなければウチへ連れて来てもいいよ、と引き受けてしまったというのが理由でした。

当初は、未熟児ということで、あまり大きく育たないだろうと思っていたのですが、広い敷地でのびのびと走り回り、食べたいだけ存分にエサを食べて育った結果、最初は本当に小さくて可愛かった子ブタ達が、今では見事に立派な「ブタ」に成長しています。

一番よく聞かれるのは、「これ、最後どうするの?」ということですが、一応ペットのつもりで飼っているので、殺して食べるということは今のところ考えていません。「今のところ」なんて書くと、なんだか意味深な感じですが、正直僕自身まだ整理ができていないというか、判断に迷っているというのが本音です。僕はベジタリアンではないので、以前ほど多食はしなくなりましたが、あればお肉も美味しくいただきますし、自分自身でイノシシやシカ、ニワトリなど捌いて食べるという経験もあります。ですが、可愛がって飼ってるブタを…となると、やはり複雑な感情にならざるを得ません。このことについては、またいずれ別の記事にして書きたいと思っていますが、今回はその次によく聞かれること、「ブタってきれい好きなんやろ?」と「ブタって頭いいんやろ?」ということについてです。

ブタを飼い始める前、僕はブタに関して全く何の知識もなく、「きれい好き」とか「賢い」なんていうことも聞いたことがありませんでした。飼うことになって、色々ネットなんかで調べてみると、確かにそういう情報が結構出てきます。最初の一週間は、家の中で自由にさせていて、ミルクをあげたりしてたので、それほど汚れたりする事もなく、本当に綺麗な真っ白な可愛い子ブタでした。そのうち家の中のものを鼻でひっくり返したりし始め、臭いも少し獣臭かったりウンチの処理も大変になってきたりしたので、やはり外で柵で囲って飼うことにしました。

後でわかったことですが、ブタというのは遺伝子的にはイノシシと同じであり、人間が食べるために肉用に改良されたものなので、基本的にはイノシシの習性をもっています。野生のイノシシは、水たまりなんかあると、喜んでその中にひっくり返り、ドロドロになるまで体を擦り付けていつも泥で真っ黒になっていますが、ウチのポピーやハクも外へ放すと全く同じようにいつも泥の中へ体を擦り付け、いつも全身ドロドロ状態になりました。

おまけに、ブタというのは寝てる時以外、常に何か食べ物を探して地面を鼻でほじくり返しているので、いつでも顔面は土や泥で真っ黒けです。小さい時はあんなにも白くて可愛かった子ブタちゃんは、今では一瞬黒豚か?と思うほど、いつも全身ドロドロです。

あと、ブタがご飯を食べる姿、見たことあります?普段、二軒の豆腐屋さんからオカラをもらい、それに保育園の給食の残飯と家の残飯とを朝夕あげているのですが、箱の中に入れた瞬間から顔を突っ込み、ヨダレを垂らしながらグチャグチャと音を立てながら、そこら中にこぼしながら、それはもう大変な勢いでむさぼり食うという感じです。とても行儀がいいとは言えません。

ブタは自分がいつも寝る場所を決めていて、ウンチはそこから出来るだけ遠いところでしているようですが、一度したウンチにはあまり頓着しないようで、避けて歩いたりすることはなく、グチャグチャに踏み散らかして、泥と一緒になって大変なことになっています。


まぁもっと書けばキリがないですが、要はブタを実際に飼ってみて、きれい好きだと思ったことは、はっきり言って一度もありません(笑)

ウンチを自分の寝る場所から離れたところですると聞いて、賢いなぁと思うかもしれませんが、そんなことは別にブタに限ったことではなく、犬でも猫でも、他の動物でも同じです。ヤギの場合は、黒豆みたいなコロコロの全く臭いのないフンなので、あまり気にせずにどこでもしていますが、雑食や肉食の動物のウンチは臭いもキツイので、寝る場所から離れてするのは考えてみたら当たり前のことです。

今まで何度か柵を押し破って脱走したことがありますが、一度破った場所はずっと覚えていて、何度も同じところを出ようとトライしたりしますが、これも賢いと思われる理由かもしれません。しかし、これもブタに限ったことではなく、ヤギでも猫でも犬でもニワトリさえも、一度成功したことをずっと覚えているのはみんな同じです。

動物の種類によって、ブタだからどうとか、犬はどうとかいうことは、色々飼ってるとあまり関係ないように思えます。どちらかというと、個体差の方が大きいと思いますね。今ウチには7匹の犬がいますが、ホントにみんなそれぞれ性格が違うし、ヤギも3頭ともみんな性格が違う。ブタもポピーとハクでは性格は違うように思います。でも動物としては、種類によって大きく何かが違うということはあまりなく、基本的には寝てる時以外は食べることに一生懸命で、逆に言えば食べる時以外はほとんど寝てる、というのはみんな同じです。


食べ物をくれる人になつくというのも、だいたいどの動物にも共通することで、いろんな動物たちになつかれている僕は、毎日幸せだなと思います。こんなことを書いていると、もっと他の動物も飼ってみたいなぁと、ちょっと色々考えてしまいます。ヤバイなぁ。
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# by sumiyakiYAMATO | 2015-02-08 09:03

炭やきという仕事 4

ちょっと間が空いてしまいましたが、仕事シリーズの続きです。今回は山での仕事編。

最初の方の記事にも少し書いたと思いますが、炭やきにとっては山での仕事、つまり「原木の調達」があらゆる作業の中でも一番重要だと思っています。どんなにいい腕を持っていても、どんなに立派な窯があっても、やくための原木がなければ、炭はやけません。この仕事を長く安定的に続けていくためには、原木のウバメガシをどれだけ安定して手に入れられるかを常に考える必要があります。

高齢であったり、他の農業などと兼業だったりしてなかなか自分で木を伐りに行けない場合、原木屋と呼ばれる、炭やき相手にウバメガシを専門に伐る伐採業者から原木を買って、自分はやくだけという人もいるにはいますが、原木を完全に人任せにしてしまうのは、頼んでた時に来ないなどといったリスクが大きく、原木代も結構バカにならないので、その分大量にやかないといけなくなるし、やはり自分で伐り出しに行くのが本来の炭やきだと思っています。

まずはウバメガシのたくさんある山を探すことから始めますが、これが意外と簡単ではないのです。紀伊半島は元々ウバメガシのよく生える場所ですが、戦後の拡大造林時代に、場所のいいところはほとんどスギ、ヒノキの植林をしてしまってて、雑木山自体が少ないということもありますし、ウバメガシ(バベ)が多く残っているところは、植林のできなかったような急な崖や岩山のようなところが多く、道がなかったり危険すぎて伐りに行けなかったりという場合もあります。それでも、あるところにはまだまだ残っているもので、そういうところを見つけて、そこの持ち主を探し出し、伐らせてもらえないか交渉します。この場合、土地はいらないので、地面から上に生えてるものをそのまま売ってもらう、つまり伐採権を買うということになります。地域によって相場みたいなものはありますが、その山主さん次第みたいなもんなので、値段はバラバラ、結構な金額を払うこともあれば、ほとんどタダ同然ということもたまにあります。

1町歩(=1ha、100m×100m)あれば、バベの生えてる割合にもよりますが、だいたい1年くらいは炭をやいて生活するくらいの量がある場合が多いです。なので、その場所のだいたいの面積がわかれば、何年くらいかかるかということがおおよそわかるので、買う時には一応の期限を決めておきます。

山を買う時の基準は、バベの割合が多いということも重要ですが、とにかく「出し」がどれだけいいかということが一番です。どれだけたくさん生えていても、トラックに積み込むところまであまりにも遠くて、手間と時間がかかり過ぎると本当に大変です。あと道より下にあると、担いで登るのはほとんど不可能なので、基本的には道より上を選びます。ゆくゆくはウインチなどの引き上げる機械も導入したいのですが、今のところ持っていないので、上から下に放り投げて道に下ろせるような場所を選んでいます。

トラックからだいぶ遠い所でも、架線を張れる場所があればワイヤーを張って下まで下ろすこともあります。あまり専門的なことまでは書きませんが、野猿(ヤエン)と言って、上から下にワイヤーをピンと張って、滑車に木を吊り下げて下まで滑り下ろすような道具があって、前まで伐っていた場所では使っていました。もっと以前は、軽トラも入らないような狭い山道を、キャタピラの運搬車で運び出していたこともあります。木を「伐る」作業自体は、チェーンソーがあるので結構早いのですが、トラックの場所まで「出す」作業が結局は一番時間と手間と体力のいる仕事になります。

実際の木を伐る作業ですが、とりあえず斜面の下の方から順番に下向きに木を倒していきます。スギヒノキと違ってまっすぐに伸びている木ばかりではなく、上の方で重なり合っていたり、縦横無尽に枝を張っているので、出来るだけ他の木に掛けないように伐るには色々とコツがいります。場所によって一本倒すごとにその場で玉切りする場合もあるし、何本かまとめて倒しておいてまとめて玉切りする場合もあります。前の記事で「木ごしらえ」のことを書きましたが、山で伐る時にすでに木ごしらえのことを考えて伐るようにしています。一々長さを測るようなことはなく、目でだいたいの長さを見て、出来るだけまっすぐになるように伐っていきます。ある程度伐ったら、木の部分を一ヶ所にまとめて集め、細かい枝葉の部分は邪魔にならないようにこれもある程度集めて片づけます。これの繰り返しです。場所やバベの生えている割合にも寄りますが、朝から昼過ぎくらいまでで、だいたい1〜1.5tくらいは伐るだけなら伐ります。その日のうちに積んで帰る場合は、夕方までにトラックの場所まで運んで積み込みます。だいたい3〜4日くらいで一窯分の原木を伐り出すような感じです。

最初に、バベの山が少なくなったのは、植林の影響が大きいと書きましたが、もう一つ、炭やきの側にも原因があるということも書かねばなりません。

昔の炭やきさん達は、非常によく考えながら木を伐っていたようです。何を考えていたかというと、「どうすればバベが将来にわたってなくならないか」ということです。木は伐ってしまえば当然なくなります。しかし、バベを含む広葉樹というのは、根っこは腐らずに伐った切り株から新しい芽をたくさん出して、数十年もしたら元の山に戻るようになっています。(スギやヒノキなどの針葉樹は伐っても芽は出ず、新たな苗を植林しないといけません)

ところが、バベという木は、よく岩山や崖のような痩せた土地にもたくさん生えているので、いかにも生命力の強い木だと思われていますが、実はそうではなく、非常に弱い木なのです。弱いという言い方もおかしいですが、成長が大変遅く、他の木と比べても大きくなるのにとても時間のかかる木なのです。岩山なんかによく生えているのは、強いからではなく、土地の肥えた場所だと他の成長の早い木に負けてしまうので、ああいう痩せて他の木が生えにくい所に逃げ込んでいるとも言えます。カシやシイやヤマモモなどのこの辺りによくある他の木と、ヨーイどんで一斉に芽を出しても、バベはほとんど負けてしまって成長の早いシイなどに頭を押さえられ、大きくなれずに、枯れてしまうことが多く、生き残ることができないのです。

そこで昔の炭やきさん達は、出来るだけ次に山が再生する時に、バベが多く残るような伐り方を考えていました。「択伐」といって、バベの太めの頃合いのものだけを伐って、腕より細いようなバベは伐らずに残し、バベ以外の他の木は全て伐っておく、というやり方です。皆伐というのは、全部の木を伐ってしまって丸裸にしてしまうことですが、択伐をした山の後は、ヒョロっと細いバベが所々に残っているという状態ですね。

雑木山を皆伐しても、伐ったとこからまた芽が出て、何十年かすると元の雑木山に戻りはしますが、さっきも書いたようにバベ以外の木の方が成長が早いので、森に戻った時にはバベが非常に少ない、もしくはバベのほとんどないような山になる可能性が高い。択伐をして少しでもバベを残しておくと、数十年後に雑木山に戻る頃に、前と同じようにバベの割合が多い山に戻る、ということです。

紀伊半島にはバベの多い山がまだまだたくさんありますが、これは決してたまたまな訳ではなく、何世代にも渡って炭やきさん達が将来の世代のためにバベを残しておいてくれた賜物であるわけです。ところが、戦後しばらくしてチェーンソーが導入され、木を伐る手間が大幅に減ったこと、とにかく今だけ良ければいいという考えが一般に広まってきたことによって、択伐して次世代に山を残すという知恵がおろそかになり、皆伐が主流になってしまったようです。さらに、大量生産のために分業となり、木を伐る専門の原木屋というのが現れ、皆伐どころかバベだけ全て抜き伐り、他の雑木は面倒なので伐らずに残すといったケースも増えてきました。こんな事をすれば、バベはどんどん絶えていってしまうのは当たり前です。何もスギヒノキの植林ばかりが悪い訳ではなく、炭やきが自ら自分達の首を絞めていたわけです。

さすがにこのままではいずれ本当にバベは絶えてしまうという危機感が高まり、ここ数年、県の木炭協同組合と県の林業課などが一緒になって、昔ながらの択伐を見直そうという研修会なんかをよく開くようになってきました。わざわざ細い木を残しながら伐るよりも、全部皆伐する方が伐る方としたら楽なので、最初の頃はなかなか賛同して実践する炭やきも少なかったようですが、最近はようやく浸透してきたようで、少しずつ択伐を実践する炭やきも増えているようです。

最初に書きましたが、炭やきは木がないと炭がやけません。特に紀州の備長炭は、ウバメガシという非常に硬くて重い木を原木とすることで、世界でも最高品質の炭を作り上げてきました。今僕たちの世代がバベを伐ることができているのは、前の世代の炭やきさん達が残してくれたおかげだということは、忘れてはいけない事実です。当然自分達の世代も、次につながるように残せるものはしっかり残していく義務があるように思います。炭やきの技術を後世に伝えていくことももちろん大事なことですが、肝心な「山」を残していかないと紀州の炭やきは絶えてしまう。大袈裟かもしれませんが、それくらいの気持ちを持ってないと、一度絶えてしまったものは二度と取り戻すことはできません。

木を伐るということは、なじみのない方にはそれだけで環境破壊だと考える人も今だにいるかもしれませんが、決してそうではありません。人間は大昔から、山で木を伐って上手く利用することで、生活を豊かにし、文化を作り出し、生態系を守りながら自然と共存してきた歴史があります。将来のことを考えずに伐り過ぎてしまうと確かに自然を破壊してしまいますが、人間にはそうはしてこなかった知恵があります。日本に生活している以上、全ての人は山の恩恵を受けて生きているはずです。そのことを忘れ、山や森や木のことにあまりにも関心のない人々が多いのは、少し残念な気がします。

正直、山のことに関してはちょっと思い入れが強くて、だんだんと仕事のことから離れていってしまいそうなので、ボチボチこの辺でやめておきましょう。山や森林に関することは、また折を見て別の記事にして書く機会をいずれ作りたいと思います。とりあえずこの仕事シリーズ、あと一回くらいあるかな?
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# by sumiyakiYAMATO | 2015-02-04 09:32

厄年。

先日、中辺路町高原にある高原熊野神社から祈願祭の案内が届きました。

毎年2月11日に祈願祭が行われ、小さな神社ながら熊野古道沿いの由緒ある神社ということで、結構沢山の人で賑わいます。僕も行ける時は毎年、家内安全や商売繁盛などを祈願してもらいに行くのですが、今年はいつもの案内とは別に、厄払いの案内も同封されています。

昭和49年生まれの僕は、どうやら厄年になるようです。しかも本厄。そういえば昨年は前厄の案内がきたような気がします(笑)

はっきり言って、厄年なんてもの、僕はあまり気にした事もなく、その年に生まれた人には皆に厄災が降りかかるので、厄払いしないといけない、なんてナンセンスなことはどうでもいいと思ってました。

と思いつつ、昨年は夏に体調を崩し入院するというハメになったことを考えると、だんだんと気になり始めてしまったので、とりあえず厄払いくらいは行っておいた方がいいかと思い始めています。ただ、気になることがあったので、少し調べてみました。

一番気になってたのは、厄年の年齢。男性女性で前厄、本厄、後厄と生まれ年と年齢が表になっているのですが、昭和49年が42歳となっています。僕は先月の誕生日で40歳になったばかりですので、なぜ42歳になるのか。

数え年というのがありますが、恥ずかしながらあまり良くわかっていませんでした。なんとなく、誕生日に関係なく正月が来たらみんな一斉に一つ歳をとる、という意味で、実年齢に一つ足せばいいのかなと曖昧に考えていましたが、どうやらそうではなかったようです。

いや、正月が来たらみんな一斉に一つ歳をとる、というのはやはりその通りで、昔は個人の誕生日を祝うという習慣はなかったようです。正月がなぜそんなにめでたいのか、疑問に思っていた時期がありましたが、昔は正月がみんなの誕生日だったんですね。無事に一年過ごすことができ、また一つ歳を重ねることができた、だからみんながめでたいわけです。

でもそれだけだと、僕が42歳になるのはやはりおかしい。それにはもう一つ訳があって、昔は「0」という概念があまりなく、数というのは「1」が始まりだったようです。つまり、産まれた時は始まりなので、すでに「1歳」なわけです。1歳からスタートして、正月が来れば一つ歳をとる。僕の場合だと、12月21日に生まれた時に1歳、11日後の正月にはすでに2歳だったわけです。なるほど。

表によると、男性の本厄は25、42、61歳となっています。実際には23〜24、40〜41、59〜60歳になりますね。まぁなんとなくわかるような気もします。23歳頃というのは、それまで子供だからとか若いからとかいって許されてたことも許されなくなり、大人として色んな責任なんかを背負わされ、世間の壁にぶつかり荒波に揉まれ始める時期です。色んなことで凹んだりすることも多い時期だと思います。

40歳頃になると、仕事もそれなりに順調になってきてバリバリ働いてるものの、身体は徐々に衰え始め、無理が利かなくなってくる時期でしょう。子育て真っ最中で仕事も忙しく、体調管理に気をつけていないと、無理し過ぎると確かに身体に響いてくる頃だと思います。

60歳というのは、自分ではまだ経験がないので想像でしかないですが、ますます身体は言うことを聞かなくなり、気力はまだまだあるものの、仕事面では若い人たちに後を譲り、だんだん将来に不安を覚えるような時期なんじゃないかと思います。

神社でご祈祷してもらったからといって、これらの厄災が祓われる、と真剣に考えているほど、神道に傾倒してるわけでもなんでもないのですが、一回気にしてしまうと、なんとなく何もしないわけにはいかないような気持ちになってくるもんですね。実際は一年もの時間があれば、良いことも悪いこともたくさんあって、厄払いなんてしてもしなくてもどちらでもあまり変わらないんじゃないかと思っていますが、あとで何か悪いことがあった時に、あの時厄払いしてなかったからだ、なんて思ったり周りから思われたりするのもなんか嫌なので、とりあえず今回はいつもの家内安全や商売繁盛をお祈りするだけでなく、厄払いもついでにやってもらおうかと素直に思っております。

みなさんは、厄払いってそんなに気にするもんですかね?
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# by sumiyakiYAMATO | 2015-01-26 23:24

炭やきという仕事 3

前回の続き。あんまり間が開いてしまっても何なので、書いてしまいます。

前回は窯で炭にやく行程を書きましたが、口焚きをしている間や、炭化している段階では、窯にずっとつきっきりでジッと見張っておかないといけないという訳ではなく、実際はこの間に窯で色んな作業を行います。

まずは窯出しして素灰に埋めている炭を掘り出す作業。灰出しと言っています。窯出し終わって1日や2日くらいだと、火は消えてますが、まだ素手で触れないほどに熱いので、3日くらいは置いてから始めます。それでも熱いですが、外へ出すとすぐに冷めてきます。たまに急いで出荷しないといけない時など、何重にも手袋をして、エラい騒ぎしながら次の日に灰出しすることもありますが、指紋がなくなって指先がツルツルになったりします(笑)だいたい半日あれば、全部灰から掘り出し終わります。

灰出しした炭は、長いままのものもあれば、細かく小切れたもの、細いのや太いの、色んな形そのままで出てきます。これらを、幾つかの種類に選別して箱詰めする作業が次の仕事です。以前、農協や炭問屋さんに卸していた時は、太さ細さや長さ、形などで十数種類の箱に分けていました。それぞれに等級があり、値段が分かれていて、結構大変な作業でしたが、数年前から徐々に個人で直売する分が増えてきて、今では結局農協などの卸しを完全にやめてしまって、直売のみになったこともあって、種類をかなり少なくしました。それでも一応7種類に分けて箱詰めしていますが、だいぶ楽になったように思います。

今のところ、炭の行き先は大阪や神戸、和歌山などの焼き鳥屋さんが9割以上となっています。たまに、水の浄化用といった使い方の注文なんかもありますが、やはり炭やきとしては「燃料」として使ってもらえるのが一番うれしいものです。焼き鳥屋さんがどんどん流行ってもらわないと困るわけです。(笑)


もう一つ、窯でする仕事が「木ごしらえ」という作業です。山で自然に生えているウバメガシは、杉やヒノキのように真っ直ぐに立ってるわけではなく、幾つも枝分かれしながらグネグネと曲がったり捻ったりしています。山で伐る際に出来るだけ真っ直ぐになるように2メートル前後に伐るのですが、どうしても曲がってる箇所があります。窯の中に立てて入れるので、曲がってると隙間が空きすぎてたくさんの原木が入りません。そこで、原木の曲がってる部分に切れ込みを入れて、そこが真っ直ぐになるように「のす」のです。折れない程度に切れ込みを入れた場所を、ぐぅーっと開くようにしてのすと、真っ直ぐになります。そこへあらかじめ用意してある木片(コミと言います)を挟み込んで、元に戻らないようにすると、木は真っ直ぐになります。まぁだいたいですよ。完全にはなかなかいきませんが、一本一本こうやってのしていって、だいたい真っ直ぐにしていきます。
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木ごしらえの前
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木ごしらえの後
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その前に、あんまり太い部分はそのままではやけないので、油圧の機械で半分とか4分の1とかに割っておきます。そして、細い枝の部分は、だいたい長さを揃えて、5、6本まとめて麻ひもでくくって束にしておきます。こういう作業をしておくことで、窯入れがしやすくなるし、一度にたくさんの原木が入るようになります。

窯出しが終わると、すぐに冷めないうちに窯入れをするので、窯出しを始める前にはこの木ごしらえを全部終わらせ、次の窯の原木を全て用意しておくのが、炭やきとしての一番の仕事だろうと思います。

現在、普通に何事も無ければ月に二回の窯出しをするペースで仕事をしています。一窯で二週間くらいですね。二週間の間に出した炭の選別箱詰め、山での伐採、窯で木ごしらえ、合間に口焚きしたり窯の調整したり、という感じです。ずいぶん忙しそうに思われることも多いですが、最近は結構ペースにも慣れてきてるし、最初の頃と比べて仕事のスピードもかなり上がってるので、割とこれでもゆっくりできる時間もあるんですよ。

春や秋頃なんかは、毎週のように何かのイベントがあったり、学校の行事があったり、田植えや稲刈りなんかがあったりで、なかなか調整が大変な時もありますが、家族と過ごす時間も多く取りたいし、今のところはこんなペースでなんとかボチボチやってる感じです。

あとは、山での伐採作業がありますが、次回、炭やき仕事シリーズの最終回をお楽しみに。
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# by sumiyakiYAMATO | 2015-01-19 11:03