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安保法案可決の朝

安全保障関連法案が、参院本会議で可決成立しました。

なんだか書きたいことがたくさんあり過ぎて、考えがまとまらないままとりあえず思ったことを書いていきます。

まず今回の法案に関していえば、最後まで納得いくような説明を賛成派の方から聞くことはなかったように思います。先日の賛否両方の意見を聞くというイベントの司会をするということもあって、一度これまでの先入観をなくし、法案をとにかく隅々まで読んでみて、賛成派と反対派の両方の意見にできるだけ多く触れ、国会での首相や防衛大臣の答弁も今までにないくらい見てきました。その上で、色んな事を考えましたが、やはりこの法案が日本の平和を守るためにどうしても必要だという結論には結局なりませんでした。

今回の法案(10の改正案と1つの新案)を全部読んで理解するのは、なかなか並大抵なことではなく、今でも全てを理解しているかと言われても自信はありません。ただ、決定的に今までと変わるところ、みんながこぞって猛烈に反対しているポイントは、「集団的自衛権を認めること」と「自衛隊が世界のどこへでも出向いて行って武力行使が可能になること」だと思います。

集団的自衛権とは、要はアメリカがどこかの場所で戦闘行為をしている最中、アメリカが相手から攻撃を受けた場合に日本の自衛隊も出かけて行って後方支援活動できる、ということでしょう。アメリカという国は、第二次大戦後も、世界中あちこちで紛争解決のため、平和を守るためといって戦闘行為を繰り返している国です。実際には、中東イスラム圏の国々で空爆を繰り返し、罪もない人々を巻き込み、憎悪や恨みを作り出してテロリストを産み出す原因を作っています。はっきり言ってイスラム圏では、アメリカは相当嫌われ、怨まれていると思われます。

そのアメリカの後方について、支援活動を行うというのです。僕にはこれが日本の平和を守ることに繋がるとは到底思えません。

憲法9条なんか国際社会では何の意味もなく、日本を守ってはくれない、という人もたまに見かけます。しかし実際、紛争国などで国際支援活動をしている日本のNGOの方の話を聞くと、日本には戦争をしないという憲法があり、平和な国だということで信頼され、危険な地域でも日本人だということで狙われることなく活動ができる、という話はたくさん耳にします。逆に戦争をしない平和な国ということで、狙われたり危険な目にあったりなどという話は、僕は聞いたことがありません。

今回の法案は戦争をするための法案ではない、と政府は言い続けています。政府答弁では、戦争犯罪を犯すような国の支援は一切しないと応えていますが、今までのベトナム、湾岸、イラク、アフガンなどでのアメリカの戦争を、戦争犯罪であるとは結局一度も認めることはありませんでした。つまり、これから先ああいった場所に自衛隊が支援に行く可能性は十分にあるということです。確かにこちらから戦争を仕掛けるなんてことはあり得ないですが、戦闘地域に出かけて行ってアメリカの後方で支援活動をするということは、戦争に巻き込まれに行くのと同じことです。

アメリカ兵だけが血を流して、日本は見て見ぬフリか、ということを言う人もいますが、別にアメリカ兵なら死んでもいいなどと誰も言っていません。武力を持って他の国に入って行くこと自体をいい加減止めにしたらどうか、と言っているだけです。

武力は人を殺し、街を破壊するためだけにあるものです。それ以外に使い道があるという人は、一体何なのか教えて欲しい。「日本が攻められた時に何もできなくていいのか?」という声も少なくありません。特に中国の脅威をことさら煽る人々は多いのは確かです。僕自身は中国が脅威なのかどうかは判断がつきませんが、もし仮に脅威だとして、中国がホントに武力で日本を攻めてくるぞ!となった時、どうするか?

そりゃあ自衛隊が体を張って国民を守ってくれるでしょう。そのために自衛隊があり、日々厳しい訓練を重ねていてくれているのです。その時のためにある程度反撃できる程度の武器は最低限必要かとは思います。(本当はないに越したことはないでしょうが)

でも、そのことは、はっきり言って今回の安保法案とはほとんど関係がありません。日本の領土領海内にどこかが攻めて入った場合は、今まであった法律の範囲内で個別的自衛権が認められていて、反撃はできることになっています。今回の法案に反対してる人々は、そんなことまで反対してる訳ではありません。この法案について、中国のことを引き合いに出してくる人々は、この法案の中身、そしてみんながなぜ反対しているかということを、全く理解していないと思うしかありません。

そしてもう一つ、先日もFacebookに投稿した「軍事産業」についてです。はっきり言ってアメリカという国は、軍事産業で成り立っていると言ってもいいような国です。世界中の軍事予算の大部分をアメリカが占めており、兵器を作る会社はアメリカ国内で巨大企業として君臨しています。武器を作るための材料を生産、調達するような関連会社まで含めると、数え切れないほどの会社があり、しかもそれは実はアメリカに限ったことではなく、日本も中国もイギリスもフランスもロシアもみーんな同じ穴のムジナで、世界の一大産業となっている現実があります。最近では民間の警備会社が武器を買うことも少なくないようですが、ほとんどの武器兵器は国の軍隊が買い取ります。つまり、世界中の税金の少なくない額が武器を買うことに使われていることになります。

さっきも書きましたが、武器は人を殺すための道具です。そして使わないと減らない消耗品なので、新しく作って売ろうと思うと、どこかで使ってもらわないと困るわけです。誰かがどこかで戦争を望み、仕掛けている、なんて話は僕も信じたくはありませんし、陰謀論であって欲しいと願っていますが、これだけ巨大な兵器産業が何十年にも渡って世界中に染み渡っている現実を考えると、色んな噂が広がるのも無理はありません。単純に考えると、世界各国で大量無差別に人や建物を破壊するような武器と呼ばれるものの製造を縮小、禁止していけば、自ずと戦争は減っていくはずです。でもどこの国もそんなことは言い出さない。軍縮会議なんてものもありますが、一向に話は進まず、国連も積極的に推進したりする話は聞きません。

日本は、世界でも稀に見る軍隊を持たないと誓っている国です。自衛隊はありますが、あくまでも国が攻め込まれた時のための最低限の自衛力であるとして、戦争には絶対に参加しないと平和を貫いてきた国のはずです。そして外国の戦争にほとんど関わってこなかったことで、実際に国民も自衛隊員も戦争でこの70年誰一人として殺し殺されなかった国です。本来なら日本が率先して武器の削減を世界に訴えていくべき立場だろうと僕は思います。

何もきれいごとを言いたい訳ではありません。僕は人間が人間である限り、世の中から争いがなくなることはないと思っています。みんな意見が違うし、一つにまとまることなんてありえません。暴力的な人もたくさんいるし、ズルい人も無責任な人もたくさんいます。僕だって別に聖人でもなんでもなく、腹黒いところもいっぱいあります。争いが起こるのは仕方ないと思いますし、争いたければ喧嘩でも何でもすればいいと思う。でも、戦争というのは、単に気にくわない者同士が喧嘩するのとは訳が違う。何にも関係のない、別に争いたいと思ってない多くの人々が巻き込まれて死んでしまうのが戦争です。よく例え話で、強盗に入られたらとか、家に放火されたらとかいう例えを出す人も多いですが、個人的な恨みは個人的に晴らせばいいし、周りの関係ない人々を巻き込んで、向こうの関係ない人々まで巻き込んでしまう戦争と一緒くたにするのは、全くナンセンスだと断言できます。


もうずいぶん長く書きましたが、もう少しだけ。

今回、全国的に大規模なデモが毎日のように行われ、日本中が結構な騒ぎになったと思いますが、でも騒ぎになったと考えてるのは実はこのことに関心のある人々だけで、その他大勢のあまり関心のない人々にとってどこまで何が伝わったのかなと、心配になることもあります。僕はあのデモ自体は、よく今の世の中あれだけの人が集まったなと嬉しく思うし、先導していたシールズの若者たちも素晴らしいと思います。でも結局自分の仕事を脇に置き、時間とお金をかけてまで国会まで行こうという気にはなりませんでした。もし東京近辺に住んでいれば、一度くらいは行ってたかもしれませんが、心のどこかで「結局デモでは変わらない」という意識は常にあったように思います。デモが無意味であるとか、無駄だと言うつもりはなく、これをきっかけに多くの人々が本気で考える転換期になると思うと、絶対にやってもらって良かったと思うし、感謝しています。ただ、やはりデモに何十万人集まったからといって、法案が覆されるというルールは残念ながらありません。民意とは一体何か?民主主義とは何か?という問いも明確な正解はありません。選挙だ、という人、世論調査を重視する人、あれだけの人がデモに集まったんだから、という人、様々ですが、今の日本では、国のルールを決める方法は、やはり選挙で選ばれた議員の多数決で決める、ということになっている以上、それに従う以外には今のところないのだろうと思います。

ここ数日の国会での騒乱ぶりは、はっきり言って僕も不愉快でした。なんとかして、採決をさせないように頑張ってるつもりだったのでしょうが、あんな場面で無駄に時間稼ぎをしたり、暴力的にも見えるようなやり方で妨害するのは、はっきり言って逆効果でしかないと思います。支援してる人々には頑張ってるように見えたかもしれませんが、賛成派の側、どちらとも言えない人々やあまり関心のない人々にとってみたら、「何やってんだ、ありゃー。」としか映らないでしょう。ますます政治に対して不信感を与えることになると、なぜ誰もわからないのか、せっかく多くの市民が暴徒化することなく、節度を持って声を上げているというのに、それを台無しにするかのような茶番劇を見て、正直悲しくなりました。


法案はすでに可決しましたが、政府の言うように今すぐ自衛隊が海外に出向き、戦争に参加するようになるということにはならないでしょう。ここで、やっぱり市民の声は届かないのかと諦めてしまっては、60年70年の安保闘争の二の舞になるだけです。恐らく今後自民党は、政治の争点を安保から引き離し、TPPや消費税、経済政策へと持っていくでしょう。まぁそれらの問題も大事なことで、繋がってないわけではないですが、今回のことで、多くの若者が政治に関心を持ち、どうすれば声を上げられるのか、そしてどうすれば政策が実現できるのかということがよくわかるきっかけにはなったと思います。選挙で議員を選ぶということが、どれだけ大切なことかということもよくわかったと思います。僕自身も、特に何かを諦めるということもなく、今まで通り自分のできる範囲でできることをやっていくしかないと思います。一人の人間ができることはほんの少ししかありませんが、数多く集まれば声も大きくなることはこれからも信じて、毎日の暮らしを楽しみたいと思っています。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-09-19 09:06