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安保法案可決の朝

安全保障関連法案が、参院本会議で可決成立しました。

なんだか書きたいことがたくさんあり過ぎて、考えがまとまらないままとりあえず思ったことを書いていきます。

まず今回の法案に関していえば、最後まで納得いくような説明を賛成派の方から聞くことはなかったように思います。先日の賛否両方の意見を聞くというイベントの司会をするということもあって、一度これまでの先入観をなくし、法案をとにかく隅々まで読んでみて、賛成派と反対派の両方の意見にできるだけ多く触れ、国会での首相や防衛大臣の答弁も今までにないくらい見てきました。その上で、色んな事を考えましたが、やはりこの法案が日本の平和を守るためにどうしても必要だという結論には結局なりませんでした。

今回の法案(10の改正案と1つの新案)を全部読んで理解するのは、なかなか並大抵なことではなく、今でも全てを理解しているかと言われても自信はありません。ただ、決定的に今までと変わるところ、みんながこぞって猛烈に反対しているポイントは、「集団的自衛権を認めること」と「自衛隊が世界のどこへでも出向いて行って武力行使が可能になること」だと思います。

集団的自衛権とは、要はアメリカがどこかの場所で戦闘行為をしている最中、アメリカが相手から攻撃を受けた場合に日本の自衛隊も出かけて行って後方支援活動できる、ということでしょう。アメリカという国は、第二次大戦後も、世界中あちこちで紛争解決のため、平和を守るためといって戦闘行為を繰り返している国です。実際には、中東イスラム圏の国々で空爆を繰り返し、罪もない人々を巻き込み、憎悪や恨みを作り出してテロリストを産み出す原因を作っています。はっきり言ってイスラム圏では、アメリカは相当嫌われ、怨まれていると思われます。

そのアメリカの後方について、支援活動を行うというのです。僕にはこれが日本の平和を守ることに繋がるとは到底思えません。

憲法9条なんか国際社会では何の意味もなく、日本を守ってはくれない、という人もたまに見かけます。しかし実際、紛争国などで国際支援活動をしている日本のNGOの方の話を聞くと、日本には戦争をしないという憲法があり、平和な国だということで信頼され、危険な地域でも日本人だということで狙われることなく活動ができる、という話はたくさん耳にします。逆に戦争をしない平和な国ということで、狙われたり危険な目にあったりなどという話は、僕は聞いたことがありません。

今回の法案は戦争をするための法案ではない、と政府は言い続けています。政府答弁では、戦争犯罪を犯すような国の支援は一切しないと応えていますが、今までのベトナム、湾岸、イラク、アフガンなどでのアメリカの戦争を、戦争犯罪であるとは結局一度も認めることはありませんでした。つまり、これから先ああいった場所に自衛隊が支援に行く可能性は十分にあるということです。確かにこちらから戦争を仕掛けるなんてことはあり得ないですが、戦闘地域に出かけて行ってアメリカの後方で支援活動をするということは、戦争に巻き込まれに行くのと同じことです。

アメリカ兵だけが血を流して、日本は見て見ぬフリか、ということを言う人もいますが、別にアメリカ兵なら死んでもいいなどと誰も言っていません。武力を持って他の国に入って行くこと自体をいい加減止めにしたらどうか、と言っているだけです。

武力は人を殺し、街を破壊するためだけにあるものです。それ以外に使い道があるという人は、一体何なのか教えて欲しい。「日本が攻められた時に何もできなくていいのか?」という声も少なくありません。特に中国の脅威をことさら煽る人々は多いのは確かです。僕自身は中国が脅威なのかどうかは判断がつきませんが、もし仮に脅威だとして、中国がホントに武力で日本を攻めてくるぞ!となった時、どうするか?

そりゃあ自衛隊が体を張って国民を守ってくれるでしょう。そのために自衛隊があり、日々厳しい訓練を重ねていてくれているのです。その時のためにある程度反撃できる程度の武器は最低限必要かとは思います。(本当はないに越したことはないでしょうが)

でも、そのことは、はっきり言って今回の安保法案とはほとんど関係がありません。日本の領土領海内にどこかが攻めて入った場合は、今まであった法律の範囲内で個別的自衛権が認められていて、反撃はできることになっています。今回の法案に反対してる人々は、そんなことまで反対してる訳ではありません。この法案について、中国のことを引き合いに出してくる人々は、この法案の中身、そしてみんながなぜ反対しているかということを、全く理解していないと思うしかありません。

そしてもう一つ、先日もFacebookに投稿した「軍事産業」についてです。はっきり言ってアメリカという国は、軍事産業で成り立っていると言ってもいいような国です。世界中の軍事予算の大部分をアメリカが占めており、兵器を作る会社はアメリカ国内で巨大企業として君臨しています。武器を作るための材料を生産、調達するような関連会社まで含めると、数え切れないほどの会社があり、しかもそれは実はアメリカに限ったことではなく、日本も中国もイギリスもフランスもロシアもみーんな同じ穴のムジナで、世界の一大産業となっている現実があります。最近では民間の警備会社が武器を買うことも少なくないようですが、ほとんどの武器兵器は国の軍隊が買い取ります。つまり、世界中の税金の少なくない額が武器を買うことに使われていることになります。

さっきも書きましたが、武器は人を殺すための道具です。そして使わないと減らない消耗品なので、新しく作って売ろうと思うと、どこかで使ってもらわないと困るわけです。誰かがどこかで戦争を望み、仕掛けている、なんて話は僕も信じたくはありませんし、陰謀論であって欲しいと願っていますが、これだけ巨大な兵器産業が何十年にも渡って世界中に染み渡っている現実を考えると、色んな噂が広がるのも無理はありません。単純に考えると、世界各国で大量無差別に人や建物を破壊するような武器と呼ばれるものの製造を縮小、禁止していけば、自ずと戦争は減っていくはずです。でもどこの国もそんなことは言い出さない。軍縮会議なんてものもありますが、一向に話は進まず、国連も積極的に推進したりする話は聞きません。

日本は、世界でも稀に見る軍隊を持たないと誓っている国です。自衛隊はありますが、あくまでも国が攻め込まれた時のための最低限の自衛力であるとして、戦争には絶対に参加しないと平和を貫いてきた国のはずです。そして外国の戦争にほとんど関わってこなかったことで、実際に国民も自衛隊員も戦争でこの70年誰一人として殺し殺されなかった国です。本来なら日本が率先して武器の削減を世界に訴えていくべき立場だろうと僕は思います。

何もきれいごとを言いたい訳ではありません。僕は人間が人間である限り、世の中から争いがなくなることはないと思っています。みんな意見が違うし、一つにまとまることなんてありえません。暴力的な人もたくさんいるし、ズルい人も無責任な人もたくさんいます。僕だって別に聖人でもなんでもなく、腹黒いところもいっぱいあります。争いが起こるのは仕方ないと思いますし、争いたければ喧嘩でも何でもすればいいと思う。でも、戦争というのは、単に気にくわない者同士が喧嘩するのとは訳が違う。何にも関係のない、別に争いたいと思ってない多くの人々が巻き込まれて死んでしまうのが戦争です。よく例え話で、強盗に入られたらとか、家に放火されたらとかいう例えを出す人も多いですが、個人的な恨みは個人的に晴らせばいいし、周りの関係ない人々を巻き込んで、向こうの関係ない人々まで巻き込んでしまう戦争と一緒くたにするのは、全くナンセンスだと断言できます。


もうずいぶん長く書きましたが、もう少しだけ。

今回、全国的に大規模なデモが毎日のように行われ、日本中が結構な騒ぎになったと思いますが、でも騒ぎになったと考えてるのは実はこのことに関心のある人々だけで、その他大勢のあまり関心のない人々にとってどこまで何が伝わったのかなと、心配になることもあります。僕はあのデモ自体は、よく今の世の中あれだけの人が集まったなと嬉しく思うし、先導していたシールズの若者たちも素晴らしいと思います。でも結局自分の仕事を脇に置き、時間とお金をかけてまで国会まで行こうという気にはなりませんでした。もし東京近辺に住んでいれば、一度くらいは行ってたかもしれませんが、心のどこかで「結局デモでは変わらない」という意識は常にあったように思います。デモが無意味であるとか、無駄だと言うつもりはなく、これをきっかけに多くの人々が本気で考える転換期になると思うと、絶対にやってもらって良かったと思うし、感謝しています。ただ、やはりデモに何十万人集まったからといって、法案が覆されるというルールは残念ながらありません。民意とは一体何か?民主主義とは何か?という問いも明確な正解はありません。選挙だ、という人、世論調査を重視する人、あれだけの人がデモに集まったんだから、という人、様々ですが、今の日本では、国のルールを決める方法は、やはり選挙で選ばれた議員の多数決で決める、ということになっている以上、それに従う以外には今のところないのだろうと思います。

ここ数日の国会での騒乱ぶりは、はっきり言って僕も不愉快でした。なんとかして、採決をさせないように頑張ってるつもりだったのでしょうが、あんな場面で無駄に時間稼ぎをしたり、暴力的にも見えるようなやり方で妨害するのは、はっきり言って逆効果でしかないと思います。支援してる人々には頑張ってるように見えたかもしれませんが、賛成派の側、どちらとも言えない人々やあまり関心のない人々にとってみたら、「何やってんだ、ありゃー。」としか映らないでしょう。ますます政治に対して不信感を与えることになると、なぜ誰もわからないのか、せっかく多くの市民が暴徒化することなく、節度を持って声を上げているというのに、それを台無しにするかのような茶番劇を見て、正直悲しくなりました。


法案はすでに可決しましたが、政府の言うように今すぐ自衛隊が海外に出向き、戦争に参加するようになるということにはならないでしょう。ここで、やっぱり市民の声は届かないのかと諦めてしまっては、60年70年の安保闘争の二の舞になるだけです。恐らく今後自民党は、政治の争点を安保から引き離し、TPPや消費税、経済政策へと持っていくでしょう。まぁそれらの問題も大事なことで、繋がってないわけではないですが、今回のことで、多くの若者が政治に関心を持ち、どうすれば声を上げられるのか、そしてどうすれば政策が実現できるのかということがよくわかるきっかけにはなったと思います。選挙で議員を選ぶということが、どれだけ大切なことかということもよくわかったと思います。僕自身も、特に何かを諦めるということもなく、今まで通り自分のできる範囲でできることをやっていくしかないと思います。一人の人間ができることはほんの少ししかありませんが、数多く集まれば声も大きくなることはこれからも信じて、毎日の暮らしを楽しみたいと思っています。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-09-19 09:06

ドッジボール

昨日、子どもクラブのドッジボール郡大会があり、グループ予選敗退で今年のなかへち子どもクラブのドッジボールの活動は終了しました。

上の娘の二川小時代から、この数年ずっと子ども達のドッジボールチームの監督をさせてもらっています。この辺の地域じゃない人にはわからないかもしれませんが、単なる遊びのドッジボールではなく、しっかりした公式ルールに基づくスポーツとしてのドッジボールで、やってる子ども達はもちろん、指導する大人や応援する保護者の方々まで、手に汗握って熱くなる、毎年の一大行事になっています。

毎年7月に、各市町村の大会があり、勝ち抜いた上位チームで郡大会、その郡大会で上位2チームが県大会に出場できるというもので、3年前の二川小時代には、県大会で3位に入る快挙を成し遂げたこともあります。

今年のチームは、5、6年生が多くて、一人一人の能力は高いながらも、なかなかチームとしてのまとまりが良くなくて、自分よがりなプレーの目立つチームでした。ドッジボールは1人や2人上手い子がいるからといって簡単に勝てる競技ではなく、12人のチーム全体のまとまりが非常に大事なスポーツです。

何度か練習試合を重ねても、やはり後一歩のところで勝つことがなかなかできず、どうすればチームが一つにまとまるか、とにかく子ども達と色々話し合う日々が続きました。

子どもクラブのドッジボールは、ただ単に試合に勝つことだけを目的にしているわけではありません。中学校や高校で部活がある訳でもなく、ましてや大人のプロのあるようなスポーツではないので、小学校だけで終わりです。ドッジが上手くなったところで、後々どうなるということはありませんが、チームとしてドッジに取り組むことによって、本当に色んなことを経験し、成長できるきっかけになると信じてやっています。

とにかく子ども達に言い続けてきたのは、「自分たちの頭でどうすればいいのかを考えること」です。とりあえず「試合に勝つ」という目標を立て、それを達成するためには、何が必要か自分で考えることです。

子ども達は一人一人個性や能力が違い、得意なこと、苦手なことがそれぞれあります。とにかく自分がボールを投げたい、触りたいという子もいれば、できるだけ目立たないように、誰か上手い人に任せたいという子もいます。自分にできること、できないことをしっかり考え、「チームの勝利のため」に今この瞬間どういうプレーをしたらチームのためになるのかを、自分の頭で考えられるようになってもらう。これができれば、おのずと強いチームになってくるものです。

チームメイト同士でよく話し合い、信頼しあい、人任せにせずにできることは積極的に行動する、ということを、練習の度に子供達に話し、伝えようとしてきましたが、なかなか思いが伝わらずにイライラしたり、練習が終わって帰った後で、本当にあんな指導で良かったのか思い悩んだり、ヘコみっ放しの日々で、正直シンドイこともありましたが、大会が近づくにつれ、徐々にチームの状態も良くなり、それと共にプレーにも変化が現れ、2週間前に行われた田辺市内大会では、強豪を見事破って予選リーグ1位通過、出場34チーム中ベスト8に進出して郡大会出場を決めてくれるまでになりました。

昨日の郡大会までの練習でも、だんだんと意識が変わってくるのがわかり、調子も良くなってきていたので、もしかすると県大会まで狙えるんじゃないかと期待が持てるほどに、成長した姿を見せてくれました。

残念ながら、昨日は予選リーグで自分たちの力を最後の最後出し切ることができずに、敗退してしまいましたが、この2カ月半くらいの間に大きく成長してくれたことは、本当に嬉しく思いました。

最後に子供達の力を最大限に出させてあげられなかったのは、やはり監督としての力量の無さだと思いましたし、正直反省することしきりです。毎日のように、どんな練習をしたらいいか考え、でもそんな練習で本当に良かったのか、また思い悩んだり、時には感情的になって声を荒げて子供達にどなったり、その度に帰って自分でヘコんだり、色々あった2カ月半のドッジの活動でしたが、終わってみれば、もう毎週のようにあの子達に会えないのかと、やはり寂しく思います。

毎年のように子供達の成長を間近に見られるのは、本当に幸せだと思いますし、できればまた来年、一段と成長した5年生以下の子供達と一緒に、ドッジボールで汗をかけたらいいなと思っています。

関わっていただいた子どもクラブの役員の方々、一生懸命応援してくれ、協力していただいた保護者の皆さんには、本当に感謝しています。この場を借りて色んな皆さんにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-07-27 21:29

米づくり

我が家では、田んぼでお米を作っています。2007年から始めて、今年で9回目の米づくりになります。周辺の早いところでは、すでに田植えが終わっているとこもありますが、ウチでは毎年田植えは5月末から6月初め、今は苗作りの最中になります。

毎年穫れたお米を、次の種モミとして使い、苗作りから始めます。以前は苗箱をたくさん並べて作っていましたが、一昨年からは、一番小さい田んぼで苗床を作り、モミを直播きで作るようになりました。箱苗というのは、そもそも田植え機で植えられるように考えられたものなので、全ての田んぼで手植えする我が家では、箱苗で作る意味があまりないんじゃないかと、ある時気づいたわけです。厚みのない小さな箱で苗を作るより、直の地面で作る方がよっぽどしっかりした苗ができるので、昨年も一昨年も少ない苗の量で驚くほどしっかりした稲が実りました。


ところで今年は三年ぶりに、小学校の子供たちの田んぼ体験を引き受けることになりました。以前、上の娘が小学生の頃に毎年稲作りをウチでやってもらってたのですが、三年前に学校が統合して一旦途絶えていました。(昨年と一昨年は別の場所でやっていました)

前までの二川小学校の頃は、人数も少なく、全校20人前後だったので、全校児童と先生も全員参加でやってもらってました。田んぼ体験というのは、結構他の学校でもよくやっているようで、だいたいは田植えと稲刈りの作業だけ少し体験するというケースが多いみたいですが、やっぱりウチでやってもらうからには、最初の種まきから始まって、最後収穫して食べることまで、そして取れた稲を種として保存し、次の年にまたそれを使うという循環をきちんと経験してもらいたいという思いで、田植えと稲刈り以外の作業もみんなに体験してもらっていました。実際には、種モミの温湯消毒から始まって、モミ播き、苗作り、田植え、夏に一度草取り、稲刈り、天日干しの後脱穀、そして最後は文化祭で餅つきをして食べる、ということを毎年やっていたわけです。(当時はもち米を作っていました)

今年ももちろんほぼ同じ作業を子供達にやってもらおうと考えています。すでに、4月の末にモミを播いて、今は学校の校庭の隅で順調に苗が育っているところです。ちなみに今年はもち米ではなく、普通のうるち米で、収穫後は調理実習でご飯を炊いて食べる予定だそうです。

本当ならば、全校児童みんなと一緒にできれば良かったんですが、統合して70人以上になった子供達の全員のお世話をするのはさすがに難しいので、今年は5年生の15人が、今月28日に田植えに来る予定になっています。


それにしても、自分で米づくりを始める前は、田んぼというのはなんとなく敷居の高い、素人には難しいものだという印象があり、毎年毎年一年分をはるかに超える量の米が穫れるようになるとは想像してませんでした。

お米というのは日本人にとって主食であり、誰もが必ず食べるもので、ほとんど唯一と言っていい自給率100%近い作物です。これほどまでに日本で米が作られてるのは、米が日本の気候に合っていて、大変作りやすいからだと思います。はっきり言って米づくりの何の知識も経験もない素人の自分が、あまり大きな面積を作らなかった最初の年以外、ずっと一年分の米が作れてしまっている、ということが何よりの証拠でしょう。年によっては、雨が少なくて水を切らしてしまったり、逆に雨が多く日照りが少なかっり、いろんな失敗なんかもありましたが、多少の増減はあっても、稲が実らないということは本当にありませんでした。ウチは全く農薬も化学肥料も使わずに作っていますが、大きな病気や虫の被害などもほとんど被ったこともありません。多少なりとも米を出荷して収入にしている農家は、念のための保険のような感じで薬を撒いたりしていて、「消毒しないと米なんかできない!」なんて思い込んでしまっている人も少なからずいますが、本当のところは農薬など全く使わなくても米は普通にできるのです。それだけこの国の気温、湿度、水の豊かさや日照時間などが米づくりに適しているんだと思います。

周りを見れば、すでに放棄されて荒れた田んぼが毎年のように少しずつ増えてきています。田んぼで米を作っているのは、ほとんどがお年寄りばかりで、僕らくらいの30〜40代の若い人が田んぼをやっているのを、もうほとんど見なくなりました。確かに仕事もあるし、実際自分で作るより買う方が安上がりだというのもありますが、自分で作った米ほど美味しいものはないし、なにせ一年分の米がストックしてあるという安心感はなかなか半端なもんではないですよ。

みんなが思っているほど大変な作業が必要なわけでもないと思います。ウチは田植えと稲刈りは、半分趣味もあって(笑)手作業ですが、機械だって貸してくれるところもあるし、なんなら使われずに余っている機械だって探せばたくさんあります。実際の労働日数にしたら、4月から9月か10月くらいまでの間で、慣れてくれば10〜15日間程度じゃないかな。毎年手の抜きどころみたいなのもわかってくるので、年々楽になっていく気がします。週末作業だけでも十分可能ですし、そんな人もたくさんいます。

まぁみんながみんな自分の食べるモノを自分で作らないといけないわけではないとは思いますが、やってみると意外と楽しいこともたくさんあるし、実際美味しいものが手に入るし、もうちょっと若い人たちが「農」に興味を持ったらいいのにな、とこの時期になるといつも思います。

もし、ちょっとだけでも興味出てきた、田植えやってみたいなという人がいましたら、どうぞ歓迎しますよ。いつでも連絡下さいね。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-05-19 23:47

統一地方選挙

選挙戦も終盤、残すところ後一日となりました。最近では、期日前に投票を済ましている人も多いかもしれません。若い人の投票率が極端に低いという話をよく耳にしますが、これからまだまだ長く生きていかねばならない若者ほど、将来の事を考えてしっかり投票に行くべきだと思うんですがね。

若い人といえば、先日あるネットのニュースで、25才の引きこもりニートの若者が選挙に出馬して話題になっているという記事を見ました。千葉市議会選挙だそうです。どうも選挙にかかる税金の無駄遣いなどを指摘して、自分は選挙にお金をかけていない、などと言って自作のポスターを貼って回っているとか。しかもこれに対して「えらい!」とか「応援したい!」みたいな書き込みも少なくないようです。(中にはもちろん冷静な反応の方もたくさんいるようですが)

はっきり言って、どうかしてるんじゃないかと思います。

一日中部屋に引きこもり、友達も知り合いもなく、仕事もしていない。親に食べさせてもらってるんでしょう。外出もしないので消費税やガソリン税なども払ってないだろうし、働いてないので所得税や住民税なんかも払ってないでしょう。こんな人がそもそも税金の無駄遣いに文句を言える筋合いはないし、ましてや議員となって地域のために仕事ができるとは到底思えない。

いや別に引きこもりが悪いと言ってるわけじゃないんです。様々な理由で社会生活に馴染めず、苦しんでいる人達が少なからずいることはわかりますし、完全に個人の自己責任だけではないことも理解してるつもりですし、何らかの支援が必要だとも思います。ただ、選挙に立候補するというのは、大変に勇気のいることです。その気があってもなかなか出来ることではないでしょう。それを知った上で出馬したのなら、まずはその勇気を別の場所で使うべきだし、大変さを知らずに出馬したのなら、とんでもない世間知らずで、とても議員など勤まるはずもありません。

とはいえ、選挙に立候補すること自体は本人の自由ですし、訴えたいことがあるなら声を上げることはいいことだとは思います。それ自体を強く批判したいわけではありません。ただ常識的に考えて議員など勤まるわけがないこのような若者を捕まえて、半分冗談でも「ニート君頑張って!」などと持ち上げ、応援する人が少なくないことに、正直驚きましたし、もし本気で投票する人が続出したりしたら、それこそ世も末だと思います。

選挙に関心を持ってもらうための、一時の話題作りの一環として少しニュースにも取り上げられたのかもしれませんが、ホントに悪い冗談であってほしいものです。


翻ってわが和歌山県は、県議会選挙。
田辺選挙区には定数3に対して4人の候補者がでています。

はっきり言って選ぶのに大変苦労する選挙になっています。いや、バリバリ自民党バンザイの人は別に何も考えなくていいんでしょうが、そうじゃない人達には難しい選択を迫られているようです。

はっきり言いますが、僕は自民党が好きではありません。特に今の自民党は、とても国益をしっかり考えているとは思えない。ほとんどアメリカさんの言いなりです。集団的自衛権なんて、わざわざ戦争に首を突っ込まされるだけだし、憲法九条だって変える必要も理由も何もないはずです。戦争はもうしません、その為の武器ももう必要ありません、って言ってるだけの、至ってシンプルな条文で、平和を愛するなら逆に世界に向けて広めていけばいいのにと思うようなものです。原発だって、再稼働なんて全く意味がわからないし、TPPなんて日本の一次産業を根こそぎ壊滅させる可能性のある売国政策でしょう。

まぁあまり言ってもキリがないですが、そんな自民党に所属してる候補者が二人、そして無所属が二人(一人は自称民主系らしいですが)の四人から選ばなくてはいけない。あくまでも地方選挙なので、国政とは直接の関係は少ないのでしょうし、地元のために良く仕事をしてくれるのであれば、大きなイデオロギーはこの際脇に置いて考えてもいいかとも思いますが、心情的にはやはり自民党候補者に投票する気にはとてもなりません。

だとすると、残り二人なんですがね…、どうもどちらもパッとしないというか何というか……。(だいぶ失礼ですがホントにそう思うので…)

まぁでも、選ぶだけの選択肢があるだけマシなのかもしれませんね。全国的には、いや和歌山県内でも無投票で選挙にならない地区が続出している現状では、誰に入れようか迷うこと自体、贅沢な悩みなのかもしれません。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-04-11 14:28

田舎暮らし

僕はIターンという言葉があまり好きではありません。

都会から田舎の方へ移住してきた人を総称して指す言葉として使われることが多いですが、はっきり言って定義が全く曖昧で、どこからが都会でどこからが田舎かなんて人によって感じ方も違うし、自分から望んで田舎の方へ来た人もいれば、たまたま旦那の実家に嫁いで来た人や奥さんの実家に近い場所に移って来た人、仕事の都合で移り住んできた人など、生まれ育った場所以外の土地で暮らしている人は様々な理由でたくさんいます。

さすがに16年もここに住んでいると、Iターンと言われることもほとんどなくなってきましたが、10年くらいはたまに言われてたような気がします。そもそも「I」はターンなぞしてないし、言葉自体に大変違和感があって、平気で人に向かって「Iターンかっ!」なんて言ってくる人を見るたびに、悲しい気分になったものです。


先日、田舎暮らしに興味があるという都会の人たちを集めたモニターツアーがあって、先輩移住者との座談会が企画されており、誘われて少し参加させてもらいました。ツアーの参加者は、東京や大阪などから十数人、年齢層は定年間近の50代のご夫妻がほとんどで、一組だけ20代の若いカップル(夫婦?)がいました。

正直、半分冷やかしか、チラシを見てちょっと様子見に来ただけみたいな感じのように見えなくもなかったですが、後から聞いた話では、二組ほどは本気で移住を計画している人もいたらしいです。元々田舎出身で、都会暮らしが長い人なんかもいたようですが、基本的に都会暮らししか知らず、周りに何もないような田舎での生活が全く想像できないような方々ばかりだったようです。不便なことはないのか、買い物などはどうしているのか、病院は、学校は、などと色々質問されていましたが、あまりの感覚の違いに少し愕然としました。

確かに田舎で何もないとはいえ、最低限のものは揃うだけのスーパーや商店は近くにありますし、最近ではオシャレなカフェなんかも増えてきました。ネット環境さえあれば、ほとんど手に入らない物はないし、どんな山奥でもクロネコヤマトは配達に来てくれます。

「歩いてコンビニに行けるとこじゃないとヤダ!」というなら仕方ありませんが、車さえあれば(←これは重要ですが)特に不便を感じることはないように思います。まぁ慣れてしまっていると言えばそれまでですが。

田舎暮らしと聞くと、古い民家を改装して、自分たちの食べる米や野菜を自給する畑をやったり、薪割りなんかして家で薪ストーブにあたりながらゆっくりとした時間を過ごす、なんて悠々自適な生活を想像する方が多いかもしれません。確かに間違ってはいないですが、何もみんながみんなそんな暮らしをしてる訳ではありません。

ごく普通の現代的な家に住み、なんならオール電化でネット環境も完璧、仕事は町へ通ってサラリーマンや公務員、休みの日には家族でショッピングモールへお出かけ、というような都会とほぼ変わらない生活をしている人もたくさんいます。ただ家がたまたま田舎と言われる場所にある、というだけ。

田舎では、地域の行事や祭りなどに参加しないと気まずくなるとか、近所付き合いが大変かもなんていう話もありますが、実際はそうでもないと思います。僕自身は祭りやイベント事が好きだし、人付き合いも好きな方なので、積極的に参加しますが、地元の方でもこういう事が苦手で、全く顔も出さないという人もたくさんいます。そもそも近所付き合いが苦手ということは、田舎だろうが都会だろうがあまり関係ないような気もします。

都会と田舎、一応両方を知っているつもりの僕からしたら、(都会暮らしはほとんど忘れかけてますが…)それほど決定的な違いがあるようには思えません。いや、確かに違う所はいっぱいありますよ。空気や水の質、周りの環境、人の数、生活の仕方も違う所はありますが、「人間が暮らす」という意味では、何も違いません。その自分の住んでいる場所でどういう暮らし方をするかは、自分である程度選べる時代になっています。田舎でも都会的な生活はできるし、都会でもある程度は田舎暮らし的な生活はやろうと思えばできるでしょう。実際そこに住んでみないとわからないことが圧倒的に多いし、出来る事や出来ない事もやってみないとわからないことばかりですが、今住んでいる場所で自分の出来ること、やりたいことを精一杯やる、ということはどこにいたって同じじゃないかと思うのです。

要は、場所はどうあれ、自分がどういう生き方、暮らし方をしたいか、だと思います。

僕が言うと「お前が言うな!」と怒られそうですが、住む場所はそれほど重要じゃないんじゃないかなと。まぁ、今僕は素晴らしい縁のおかげで、本当にいい所に住まわせてもらって、今のところ大変幸せに暮らしていますが、もし何かが違って、今とは別の場所に住むことになっていたとしても、それほど大きく変わらない生活をしていたんじゃないかと思います。割と若い頃から、自分の生活を自分の手で作っていくような暮らしをしたいと考えていたので、基本的にはどこにいても似たような生活をしているはずです。

なんとなく都会の生活に飽きてきて、とか田舎のノンビリした時間の流れに憧れて、とかいう理由で、漠然と田舎への移住を考えているというような感じでは、はっきり言ってまず実現しないように思います。特に定年間近まで都会的生活にどっぷり浸かってきたような人たちでは、頭が相当に凝り固まっていて、簡単な一歩がなかなか踏み出せないようです。

別にそういう人たちは、田舎暮らしに適応できないなんて言ってるわけではないですよ。来てみたらいいんです。とにかく一度空き家を借りるなり、市営住宅に入るなりして、少し住んでみたら、意外に大した苦労もなく生活していけることにすぐ気がつくでしょう。でも、1〜2日の体験ツアーに参加して、地元の人の話を聞くだけで帰ってしまうと、ただでさえ頭デッカチになってるところへ、輪をかけて頭をデッカくしてるようなもんで、結局移住にまでは踏み込めないで終わってしまうことは、容易に想像できます。

一方でここ数年、子供のいる30代の若い人たちが、家族で中辺路に移り住んでくるケースが確実に増えてきています。こういう人たちは、お試しツアーなどで下見をしに来ることもなく、ほんのわずかなツテを頼りに、もしくは何のツテもなくいきなり地域に入り込み、自分で地元の人たちと仲良くなって、出来る範囲で出来る事をやって、確実に地域に根を下ろしつつ、色々苦労もあるでしょうが、幸せに暮らしていってるように見えます。

今回のツアーのようなものを否定するつもりは全くなく、むしろ可能性のあることはどんどんやったらいいと思いますし、協力も惜しみませんが、結局、都会から田舎への移住を考える際の最大の壁は、その人本人の頭の中にあるのではないかと思った出来事でした。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-03-12 22:05

サッカー熱、再燃?

年が明けてしばらくした頃から、小学一年の息子がサッカークラブに入って練習に参加することになりました。保育園の時にも一度、体験会みたいなのに行かせてもらっていて、本人は早くからやる気満々だったのですが、入学してしばらくは学校生活に慣れるだけで精一杯という感じで、他の習い事などをするような余裕がないような状態だったので、正直まだもう少し後でもいいかと思っていました。

ところが、12月の誕生日に新しいサッカーボールをプレゼントしてしまい(笑)、二学期も終わってちょっと気持ちに余裕も出てきたようで、「いつになったらサッカーの練習に連れて行ってくれるん?」と催促するようになり、とうとう入団することになりました。地元中辺路にはサッカーのチームはないので、隣の上富田町のチームです。

自分自身が昔やっていたスポーツや習い事なんかを、自分の子供がやり始めるのをみると、親であれば誰でもなんとなく嬉しく思うものではないでしょうか。僕も普通の親並みに、自分のやっていたサッカーを息子もやることになるだろうかと心のどこかで期待したりしてましたが、同時に他のスポーツの方がいいかなと考えていたのも事実です。

世の中には、自分の叶わなかった夢を自分の子供に託してしまうような親が少なからずいるようで、特に野球やサッカーなどのスポーツには多いように感じます。まぁ気持ちはわからないでもないですが、あまりそんな風には自分はなるまいと今のところ冷静を装っています。(笑)他のスポーツなら、あまり私情を挟まずにもっと落ち着いて見れるんでしょうけどね。

先日、低学年を対象にしたサッカーの大会があって、まだ3回ほどしか練習に行ってない息子も、一丁前にユニフォームをもらって参加させてもらいました。まだサッカーの何たるかさえわかっていない一年生たちですから、まともに試合になるはずもなく、塊になって玉を蹴り合って遊んでいるという状況で、寒空の中、ずっと見てるのもはっきり言ってツライものがありましたが、同時にやっていた二年生の試合は、なかにはちょっとビックリするような上手な子がいたりして、しかも一年生とは違い、だいぶサッカーっぽい内容になってる試合もあり、この時期の1年の差をつくづく痛感した次第です。

しばらく低学年の試合を見ていたものの、大して面白くもなくなってきたので、ふと隣のグランドを見てみると、高校生くらいの年代のチームが、試合前のアップをしているのが見えました。気になって近づいてみると、なんだか見覚えのあるユニフォームのように見えます。胸には「ヤンマー」のロゴマークが。そう、Jリーグセレッソ大阪のユニフォームだったのです。


面白そうだと思ってその試合を観ることにしたのですが、始まってみるとやはりレベルの差は歴然としていました。相手がどんなチームなのかはわかりませんでしたが、セレッソのユースチームの方は全く次元の違うサッカーをしていて、ほとんどボールを取られることなく、面白いようにパスを回し、次から次へとゴールを決めていきます。さすがはセレッソのユース、プロの予備軍だけのことはあります。

足元でボールを扱う正確な技術は言うに及ばず、相手チームとの決定的な違いは、「視野の広さ」と「判断の早さ」だと思いました。今の子供たちは、小さい頃からサッカーボールに慣れ親しんでいる子たちが多く、足元の技術は昔と比べると本当にみんな上手になっていて、自分の頃とはエライ違いですが、いくらボールタッチの技術が上手くても、それが試合に活かされないとあまり意味はありません。

自分と味方と相手との位置や状況をしっかり把握し、ボールが来たらどういうプレーをすればいいのか一瞬で判断し、行動する。すぐさま次のプレーを判断しながら動き、ミスをしてもすぐにそれをカバーするために最善のプレーを選択して行動に移す。頭でわかっていても、なかなか簡単にできることではありません。この年代でこれ程のプレーができることに、正直驚きました。

サッカーの試合は、こういう一瞬一瞬の判断の積み重ねで出来ていて、その中でも相手の予想もできないようなプレーや対応できないようなスピードを持ったチームが結果的に強いチームということになるのですが、書いていて思ったのですが、こういうことってサッカーの試合に限ったことではなく、結構どんなことにも当てはまるんじゃないかなと。

状況をしっかり見て、適切な判断をなるべく早くして、すぐさま行動に移す。

もちろん簡単なことではないし、できないからといってその人はもうダメだと否定するものではありませんが、こういう力を身につけておけば、どんな仕事につこうと、どんな状況になろうと結構どこでも何でもやっていけるんじゃないかなと、なんとなくそんなことを考えました。レベルの高い仕事をしている人というのは、みんなこういうことがしっかりできている、ということかなと。

そうそう、もう一つ驚くことがありました。この記事を書くのに、セレッソ大阪のことを少し調べてみたのですが、現在本拠地の大阪の他、セレッソ大阪和歌山というチームが和歌山市内で活動しており、和歌山県内各地の有望な若い選手を育成しているそうで、セレッソ大阪和歌山のウェブサイトがあったので覗いて見たところ、そこには先日行われた上富田での試合結果もすでに掲載されていました。14-0というスコアにも驚きましたが、なんとそこにはセレッソ大阪和歌山U-15というチーム名が…。U-15?

もしかして、中学生だったのか‼︎

なんとも恐れ入りました。てっきり高校生くらいだと思ってたのに。

日本のサッカー界の未来は大変明るいのではないかと、大きな希望が持てる出来事でした。いや、やっぱり世界はもっと広いかもしれないが……。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-02-18 12:31

ブタは本当にきれい好きか?

我が家では、ブタを二頭飼っています。メスのポピーちゃんとオスのハク君。どちらも一昨年の10月くらいに産まれたらしいので、1歳4ヶ月くらいです。


そもそもなぜウチでブタを飼うことになったのか。あまり詳しい話はできないのですが、ある養豚場で殺処分の予定だった未熟児で産まれた子ブタ達を引き取った方がいて、誰か飼ってくれる人を探しているという話が友達を通じて回ってきたので、他に行くところがなければウチへ連れて来てもいいよ、と引き受けてしまったというのが理由でした。

当初は、未熟児ということで、あまり大きく育たないだろうと思っていたのですが、広い敷地でのびのびと走り回り、食べたいだけ存分にエサを食べて育った結果、最初は本当に小さくて可愛かった子ブタ達が、今では見事に立派な「ブタ」に成長しています。

一番よく聞かれるのは、「これ、最後どうするの?」ということですが、一応ペットのつもりで飼っているので、殺して食べるということは今のところ考えていません。「今のところ」なんて書くと、なんだか意味深な感じですが、正直僕自身まだ整理ができていないというか、判断に迷っているというのが本音です。僕はベジタリアンではないので、以前ほど多食はしなくなりましたが、あればお肉も美味しくいただきますし、自分自身でイノシシやシカ、ニワトリなど捌いて食べるという経験もあります。ですが、可愛がって飼ってるブタを…となると、やはり複雑な感情にならざるを得ません。このことについては、またいずれ別の記事にして書きたいと思っていますが、今回はその次によく聞かれること、「ブタってきれい好きなんやろ?」と「ブタって頭いいんやろ?」ということについてです。

ブタを飼い始める前、僕はブタに関して全く何の知識もなく、「きれい好き」とか「賢い」なんていうことも聞いたことがありませんでした。飼うことになって、色々ネットなんかで調べてみると、確かにそういう情報が結構出てきます。最初の一週間は、家の中で自由にさせていて、ミルクをあげたりしてたので、それほど汚れたりする事もなく、本当に綺麗な真っ白な可愛い子ブタでした。そのうち家の中のものを鼻でひっくり返したりし始め、臭いも少し獣臭かったりウンチの処理も大変になってきたりしたので、やはり外で柵で囲って飼うことにしました。

後でわかったことですが、ブタというのは遺伝子的にはイノシシと同じであり、人間が食べるために肉用に改良されたものなので、基本的にはイノシシの習性をもっています。野生のイノシシは、水たまりなんかあると、喜んでその中にひっくり返り、ドロドロになるまで体を擦り付けていつも泥で真っ黒になっていますが、ウチのポピーやハクも外へ放すと全く同じようにいつも泥の中へ体を擦り付け、いつも全身ドロドロ状態になりました。

おまけに、ブタというのは寝てる時以外、常に何か食べ物を探して地面を鼻でほじくり返しているので、いつでも顔面は土や泥で真っ黒けです。小さい時はあんなにも白くて可愛かった子ブタちゃんは、今では一瞬黒豚か?と思うほど、いつも全身ドロドロです。

あと、ブタがご飯を食べる姿、見たことあります?普段、二軒の豆腐屋さんからオカラをもらい、それに保育園の給食の残飯と家の残飯とを朝夕あげているのですが、箱の中に入れた瞬間から顔を突っ込み、ヨダレを垂らしながらグチャグチャと音を立てながら、そこら中にこぼしながら、それはもう大変な勢いでむさぼり食うという感じです。とても行儀がいいとは言えません。

ブタは自分がいつも寝る場所を決めていて、ウンチはそこから出来るだけ遠いところでしているようですが、一度したウンチにはあまり頓着しないようで、避けて歩いたりすることはなく、グチャグチャに踏み散らかして、泥と一緒になって大変なことになっています。


まぁもっと書けばキリがないですが、要はブタを実際に飼ってみて、きれい好きだと思ったことは、はっきり言って一度もありません(笑)

ウンチを自分の寝る場所から離れたところですると聞いて、賢いなぁと思うかもしれませんが、そんなことは別にブタに限ったことではなく、犬でも猫でも、他の動物でも同じです。ヤギの場合は、黒豆みたいなコロコロの全く臭いのないフンなので、あまり気にせずにどこでもしていますが、雑食や肉食の動物のウンチは臭いもキツイので、寝る場所から離れてするのは考えてみたら当たり前のことです。

今まで何度か柵を押し破って脱走したことがありますが、一度破った場所はずっと覚えていて、何度も同じところを出ようとトライしたりしますが、これも賢いと思われる理由かもしれません。しかし、これもブタに限ったことではなく、ヤギでも猫でも犬でもニワトリさえも、一度成功したことをずっと覚えているのはみんな同じです。

動物の種類によって、ブタだからどうとか、犬はどうとかいうことは、色々飼ってるとあまり関係ないように思えます。どちらかというと、個体差の方が大きいと思いますね。今ウチには7匹の犬がいますが、ホントにみんなそれぞれ性格が違うし、ヤギも3頭ともみんな性格が違う。ブタもポピーとハクでは性格は違うように思います。でも動物としては、種類によって大きく何かが違うということはあまりなく、基本的には寝てる時以外は食べることに一生懸命で、逆に言えば食べる時以外はほとんど寝てる、というのはみんな同じです。


食べ物をくれる人になつくというのも、だいたいどの動物にも共通することで、いろんな動物たちになつかれている僕は、毎日幸せだなと思います。こんなことを書いていると、もっと他の動物も飼ってみたいなぁと、ちょっと色々考えてしまいます。ヤバイなぁ。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-02-08 09:03

炭やきという仕事 4

ちょっと間が空いてしまいましたが、仕事シリーズの続きです。今回は山での仕事編。

最初の方の記事にも少し書いたと思いますが、炭やきにとっては山での仕事、つまり「原木の調達」があらゆる作業の中でも一番重要だと思っています。どんなにいい腕を持っていても、どんなに立派な窯があっても、やくための原木がなければ、炭はやけません。この仕事を長く安定的に続けていくためには、原木のウバメガシをどれだけ安定して手に入れられるかを常に考える必要があります。

高齢であったり、他の農業などと兼業だったりしてなかなか自分で木を伐りに行けない場合、原木屋と呼ばれる、炭やき相手にウバメガシを専門に伐る伐採業者から原木を買って、自分はやくだけという人もいるにはいますが、原木を完全に人任せにしてしまうのは、頼んでた時に来ないなどといったリスクが大きく、原木代も結構バカにならないので、その分大量にやかないといけなくなるし、やはり自分で伐り出しに行くのが本来の炭やきだと思っています。

まずはウバメガシのたくさんある山を探すことから始めますが、これが意外と簡単ではないのです。紀伊半島は元々ウバメガシのよく生える場所ですが、戦後の拡大造林時代に、場所のいいところはほとんどスギ、ヒノキの植林をしてしまってて、雑木山自体が少ないということもありますし、ウバメガシ(バベ)が多く残っているところは、植林のできなかったような急な崖や岩山のようなところが多く、道がなかったり危険すぎて伐りに行けなかったりという場合もあります。それでも、あるところにはまだまだ残っているもので、そういうところを見つけて、そこの持ち主を探し出し、伐らせてもらえないか交渉します。この場合、土地はいらないので、地面から上に生えてるものをそのまま売ってもらう、つまり伐採権を買うということになります。地域によって相場みたいなものはありますが、その山主さん次第みたいなもんなので、値段はバラバラ、結構な金額を払うこともあれば、ほとんどタダ同然ということもたまにあります。

1町歩(=1ha、100m×100m)あれば、バベの生えてる割合にもよりますが、だいたい1年くらいは炭をやいて生活するくらいの量がある場合が多いです。なので、その場所のだいたいの面積がわかれば、何年くらいかかるかということがおおよそわかるので、買う時には一応の期限を決めておきます。

山を買う時の基準は、バベの割合が多いということも重要ですが、とにかく「出し」がどれだけいいかということが一番です。どれだけたくさん生えていても、トラックに積み込むところまであまりにも遠くて、手間と時間がかかり過ぎると本当に大変です。あと道より下にあると、担いで登るのはほとんど不可能なので、基本的には道より上を選びます。ゆくゆくはウインチなどの引き上げる機械も導入したいのですが、今のところ持っていないので、上から下に放り投げて道に下ろせるような場所を選んでいます。

トラックからだいぶ遠い所でも、架線を張れる場所があればワイヤーを張って下まで下ろすこともあります。あまり専門的なことまでは書きませんが、野猿(ヤエン)と言って、上から下にワイヤーをピンと張って、滑車に木を吊り下げて下まで滑り下ろすような道具があって、前まで伐っていた場所では使っていました。もっと以前は、軽トラも入らないような狭い山道を、キャタピラの運搬車で運び出していたこともあります。木を「伐る」作業自体は、チェーンソーがあるので結構早いのですが、トラックの場所まで「出す」作業が結局は一番時間と手間と体力のいる仕事になります。

実際の木を伐る作業ですが、とりあえず斜面の下の方から順番に下向きに木を倒していきます。スギヒノキと違ってまっすぐに伸びている木ばかりではなく、上の方で重なり合っていたり、縦横無尽に枝を張っているので、出来るだけ他の木に掛けないように伐るには色々とコツがいります。場所によって一本倒すごとにその場で玉切りする場合もあるし、何本かまとめて倒しておいてまとめて玉切りする場合もあります。前の記事で「木ごしらえ」のことを書きましたが、山で伐る時にすでに木ごしらえのことを考えて伐るようにしています。一々長さを測るようなことはなく、目でだいたいの長さを見て、出来るだけまっすぐになるように伐っていきます。ある程度伐ったら、木の部分を一ヶ所にまとめて集め、細かい枝葉の部分は邪魔にならないようにこれもある程度集めて片づけます。これの繰り返しです。場所やバベの生えている割合にも寄りますが、朝から昼過ぎくらいまでで、だいたい1〜1.5tくらいは伐るだけなら伐ります。その日のうちに積んで帰る場合は、夕方までにトラックの場所まで運んで積み込みます。だいたい3〜4日くらいで一窯分の原木を伐り出すような感じです。

最初に、バベの山が少なくなったのは、植林の影響が大きいと書きましたが、もう一つ、炭やきの側にも原因があるということも書かねばなりません。

昔の炭やきさん達は、非常によく考えながら木を伐っていたようです。何を考えていたかというと、「どうすればバベが将来にわたってなくならないか」ということです。木は伐ってしまえば当然なくなります。しかし、バベを含む広葉樹というのは、根っこは腐らずに伐った切り株から新しい芽をたくさん出して、数十年もしたら元の山に戻るようになっています。(スギやヒノキなどの針葉樹は伐っても芽は出ず、新たな苗を植林しないといけません)

ところが、バベという木は、よく岩山や崖のような痩せた土地にもたくさん生えているので、いかにも生命力の強い木だと思われていますが、実はそうではなく、非常に弱い木なのです。弱いという言い方もおかしいですが、成長が大変遅く、他の木と比べても大きくなるのにとても時間のかかる木なのです。岩山なんかによく生えているのは、強いからではなく、土地の肥えた場所だと他の成長の早い木に負けてしまうので、ああいう痩せて他の木が生えにくい所に逃げ込んでいるとも言えます。カシやシイやヤマモモなどのこの辺りによくある他の木と、ヨーイどんで一斉に芽を出しても、バベはほとんど負けてしまって成長の早いシイなどに頭を押さえられ、大きくなれずに、枯れてしまうことが多く、生き残ることができないのです。

そこで昔の炭やきさん達は、出来るだけ次に山が再生する時に、バベが多く残るような伐り方を考えていました。「択伐」といって、バベの太めの頃合いのものだけを伐って、腕より細いようなバベは伐らずに残し、バベ以外の他の木は全て伐っておく、というやり方です。皆伐というのは、全部の木を伐ってしまって丸裸にしてしまうことですが、択伐をした山の後は、ヒョロっと細いバベが所々に残っているという状態ですね。

雑木山を皆伐しても、伐ったとこからまた芽が出て、何十年かすると元の雑木山に戻りはしますが、さっきも書いたようにバベ以外の木の方が成長が早いので、森に戻った時にはバベが非常に少ない、もしくはバベのほとんどないような山になる可能性が高い。択伐をして少しでもバベを残しておくと、数十年後に雑木山に戻る頃に、前と同じようにバベの割合が多い山に戻る、ということです。

紀伊半島にはバベの多い山がまだまだたくさんありますが、これは決してたまたまな訳ではなく、何世代にも渡って炭やきさん達が将来の世代のためにバベを残しておいてくれた賜物であるわけです。ところが、戦後しばらくしてチェーンソーが導入され、木を伐る手間が大幅に減ったこと、とにかく今だけ良ければいいという考えが一般に広まってきたことによって、択伐して次世代に山を残すという知恵がおろそかになり、皆伐が主流になってしまったようです。さらに、大量生産のために分業となり、木を伐る専門の原木屋というのが現れ、皆伐どころかバベだけ全て抜き伐り、他の雑木は面倒なので伐らずに残すといったケースも増えてきました。こんな事をすれば、バベはどんどん絶えていってしまうのは当たり前です。何もスギヒノキの植林ばかりが悪い訳ではなく、炭やきが自ら自分達の首を絞めていたわけです。

さすがにこのままではいずれ本当にバベは絶えてしまうという危機感が高まり、ここ数年、県の木炭協同組合と県の林業課などが一緒になって、昔ながらの択伐を見直そうという研修会なんかをよく開くようになってきました。わざわざ細い木を残しながら伐るよりも、全部皆伐する方が伐る方としたら楽なので、最初の頃はなかなか賛同して実践する炭やきも少なかったようですが、最近はようやく浸透してきたようで、少しずつ択伐を実践する炭やきも増えているようです。

最初に書きましたが、炭やきは木がないと炭がやけません。特に紀州の備長炭は、ウバメガシという非常に硬くて重い木を原木とすることで、世界でも最高品質の炭を作り上げてきました。今僕たちの世代がバベを伐ることができているのは、前の世代の炭やきさん達が残してくれたおかげだということは、忘れてはいけない事実です。当然自分達の世代も、次につながるように残せるものはしっかり残していく義務があるように思います。炭やきの技術を後世に伝えていくことももちろん大事なことですが、肝心な「山」を残していかないと紀州の炭やきは絶えてしまう。大袈裟かもしれませんが、それくらいの気持ちを持ってないと、一度絶えてしまったものは二度と取り戻すことはできません。

木を伐るということは、なじみのない方にはそれだけで環境破壊だと考える人も今だにいるかもしれませんが、決してそうではありません。人間は大昔から、山で木を伐って上手く利用することで、生活を豊かにし、文化を作り出し、生態系を守りながら自然と共存してきた歴史があります。将来のことを考えずに伐り過ぎてしまうと確かに自然を破壊してしまいますが、人間にはそうはしてこなかった知恵があります。日本に生活している以上、全ての人は山の恩恵を受けて生きているはずです。そのことを忘れ、山や森や木のことにあまりにも関心のない人々が多いのは、少し残念な気がします。

正直、山のことに関してはちょっと思い入れが強くて、だんだんと仕事のことから離れていってしまいそうなので、ボチボチこの辺でやめておきましょう。山や森林に関することは、また折を見て別の記事にして書く機会をいずれ作りたいと思います。とりあえずこの仕事シリーズ、あと一回くらいあるかな?
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by sumiyakiYAMATO | 2015-02-04 09:32

厄年。

先日、中辺路町高原にある高原熊野神社から祈願祭の案内が届きました。

毎年2月11日に祈願祭が行われ、小さな神社ながら熊野古道沿いの由緒ある神社ということで、結構沢山の人で賑わいます。僕も行ける時は毎年、家内安全や商売繁盛などを祈願してもらいに行くのですが、今年はいつもの案内とは別に、厄払いの案内も同封されています。

昭和49年生まれの僕は、どうやら厄年になるようです。しかも本厄。そういえば昨年は前厄の案内がきたような気がします(笑)

はっきり言って、厄年なんてもの、僕はあまり気にした事もなく、その年に生まれた人には皆に厄災が降りかかるので、厄払いしないといけない、なんてナンセンスなことはどうでもいいと思ってました。

と思いつつ、昨年は夏に体調を崩し入院するというハメになったことを考えると、だんだんと気になり始めてしまったので、とりあえず厄払いくらいは行っておいた方がいいかと思い始めています。ただ、気になることがあったので、少し調べてみました。

一番気になってたのは、厄年の年齢。男性女性で前厄、本厄、後厄と生まれ年と年齢が表になっているのですが、昭和49年が42歳となっています。僕は先月の誕生日で40歳になったばかりですので、なぜ42歳になるのか。

数え年というのがありますが、恥ずかしながらあまり良くわかっていませんでした。なんとなく、誕生日に関係なく正月が来たらみんな一斉に一つ歳をとる、という意味で、実年齢に一つ足せばいいのかなと曖昧に考えていましたが、どうやらそうではなかったようです。

いや、正月が来たらみんな一斉に一つ歳をとる、というのはやはりその通りで、昔は個人の誕生日を祝うという習慣はなかったようです。正月がなぜそんなにめでたいのか、疑問に思っていた時期がありましたが、昔は正月がみんなの誕生日だったんですね。無事に一年過ごすことができ、また一つ歳を重ねることができた、だからみんながめでたいわけです。

でもそれだけだと、僕が42歳になるのはやはりおかしい。それにはもう一つ訳があって、昔は「0」という概念があまりなく、数というのは「1」が始まりだったようです。つまり、産まれた時は始まりなので、すでに「1歳」なわけです。1歳からスタートして、正月が来れば一つ歳をとる。僕の場合だと、12月21日に生まれた時に1歳、11日後の正月にはすでに2歳だったわけです。なるほど。

表によると、男性の本厄は25、42、61歳となっています。実際には23〜24、40〜41、59〜60歳になりますね。まぁなんとなくわかるような気もします。23歳頃というのは、それまで子供だからとか若いからとかいって許されてたことも許されなくなり、大人として色んな責任なんかを背負わされ、世間の壁にぶつかり荒波に揉まれ始める時期です。色んなことで凹んだりすることも多い時期だと思います。

40歳頃になると、仕事もそれなりに順調になってきてバリバリ働いてるものの、身体は徐々に衰え始め、無理が利かなくなってくる時期でしょう。子育て真っ最中で仕事も忙しく、体調管理に気をつけていないと、無理し過ぎると確かに身体に響いてくる頃だと思います。

60歳というのは、自分ではまだ経験がないので想像でしかないですが、ますます身体は言うことを聞かなくなり、気力はまだまだあるものの、仕事面では若い人たちに後を譲り、だんだん将来に不安を覚えるような時期なんじゃないかと思います。

神社でご祈祷してもらったからといって、これらの厄災が祓われる、と真剣に考えているほど、神道に傾倒してるわけでもなんでもないのですが、一回気にしてしまうと、なんとなく何もしないわけにはいかないような気持ちになってくるもんですね。実際は一年もの時間があれば、良いことも悪いこともたくさんあって、厄払いなんてしてもしなくてもどちらでもあまり変わらないんじゃないかと思っていますが、あとで何か悪いことがあった時に、あの時厄払いしてなかったからだ、なんて思ったり周りから思われたりするのもなんか嫌なので、とりあえず今回はいつもの家内安全や商売繁盛をお祈りするだけでなく、厄払いもついでにやってもらおうかと素直に思っております。

みなさんは、厄払いってそんなに気にするもんですかね?
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by sumiyakiYAMATO | 2015-01-26 23:24

炭やきという仕事 3

前回の続き。あんまり間が開いてしまっても何なので、書いてしまいます。

前回は窯で炭にやく行程を書きましたが、口焚きをしている間や、炭化している段階では、窯にずっとつきっきりでジッと見張っておかないといけないという訳ではなく、実際はこの間に窯で色んな作業を行います。

まずは窯出しして素灰に埋めている炭を掘り出す作業。灰出しと言っています。窯出し終わって1日や2日くらいだと、火は消えてますが、まだ素手で触れないほどに熱いので、3日くらいは置いてから始めます。それでも熱いですが、外へ出すとすぐに冷めてきます。たまに急いで出荷しないといけない時など、何重にも手袋をして、エラい騒ぎしながら次の日に灰出しすることもありますが、指紋がなくなって指先がツルツルになったりします(笑)だいたい半日あれば、全部灰から掘り出し終わります。

灰出しした炭は、長いままのものもあれば、細かく小切れたもの、細いのや太いの、色んな形そのままで出てきます。これらを、幾つかの種類に選別して箱詰めする作業が次の仕事です。以前、農協や炭問屋さんに卸していた時は、太さ細さや長さ、形などで十数種類の箱に分けていました。それぞれに等級があり、値段が分かれていて、結構大変な作業でしたが、数年前から徐々に個人で直売する分が増えてきて、今では結局農協などの卸しを完全にやめてしまって、直売のみになったこともあって、種類をかなり少なくしました。それでも一応7種類に分けて箱詰めしていますが、だいぶ楽になったように思います。

今のところ、炭の行き先は大阪や神戸、和歌山などの焼き鳥屋さんが9割以上となっています。たまに、水の浄化用といった使い方の注文なんかもありますが、やはり炭やきとしては「燃料」として使ってもらえるのが一番うれしいものです。焼き鳥屋さんがどんどん流行ってもらわないと困るわけです。(笑)


もう一つ、窯でする仕事が「木ごしらえ」という作業です。山で自然に生えているウバメガシは、杉やヒノキのように真っ直ぐに立ってるわけではなく、幾つも枝分かれしながらグネグネと曲がったり捻ったりしています。山で伐る際に出来るだけ真っ直ぐになるように2メートル前後に伐るのですが、どうしても曲がってる箇所があります。窯の中に立てて入れるので、曲がってると隙間が空きすぎてたくさんの原木が入りません。そこで、原木の曲がってる部分に切れ込みを入れて、そこが真っ直ぐになるように「のす」のです。折れない程度に切れ込みを入れた場所を、ぐぅーっと開くようにしてのすと、真っ直ぐになります。そこへあらかじめ用意してある木片(コミと言います)を挟み込んで、元に戻らないようにすると、木は真っ直ぐになります。まぁだいたいですよ。完全にはなかなかいきませんが、一本一本こうやってのしていって、だいたい真っ直ぐにしていきます。
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木ごしらえの前
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木ごしらえの後
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その前に、あんまり太い部分はそのままではやけないので、油圧の機械で半分とか4分の1とかに割っておきます。そして、細い枝の部分は、だいたい長さを揃えて、5、6本まとめて麻ひもでくくって束にしておきます。こういう作業をしておくことで、窯入れがしやすくなるし、一度にたくさんの原木が入るようになります。

窯出しが終わると、すぐに冷めないうちに窯入れをするので、窯出しを始める前にはこの木ごしらえを全部終わらせ、次の窯の原木を全て用意しておくのが、炭やきとしての一番の仕事だろうと思います。

現在、普通に何事も無ければ月に二回の窯出しをするペースで仕事をしています。一窯で二週間くらいですね。二週間の間に出した炭の選別箱詰め、山での伐採、窯で木ごしらえ、合間に口焚きしたり窯の調整したり、という感じです。ずいぶん忙しそうに思われることも多いですが、最近は結構ペースにも慣れてきてるし、最初の頃と比べて仕事のスピードもかなり上がってるので、割とこれでもゆっくりできる時間もあるんですよ。

春や秋頃なんかは、毎週のように何かのイベントがあったり、学校の行事があったり、田植えや稲刈りなんかがあったりで、なかなか調整が大変な時もありますが、家族と過ごす時間も多く取りたいし、今のところはこんなペースでなんとかボチボチやってる感じです。

あとは、山での伐採作業がありますが、次回、炭やき仕事シリーズの最終回をお楽しみに。
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by sumiyakiYAMATO | 2015-01-19 11:03